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ペルーレイルはペルー南部の鉄道の運営会社である。クスコからマチュピチュ方面への列車は、多くの観光客に利用され、比較的よく知られているが、 このほか、同社は、ここで紹介する、クスコ、プーノ、アレキパという三つの都市を結ぶ観光列車も運行している。 2024 年現在、クスコ・プーノ間片道 10 時間半のチチカカトレインは週3往復、 クスコ、プーノ、アレキバ片道2泊3日の豪華列車(アンディアン エクスプローラ)は週1往復の運行である。
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ペルーレイル | 1 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
インカ帝国の首都クスコはペルー第一の観光都市で、世界文化遺産にもなっている。 この町の中央広場であるアルマス広場には、クスコ大聖堂とともに、写真のラ・コンパーニア・デ・ヘスス教会が建っている。 この教会は、インカの宮殿をこわしてスペイン人が造った典型的バロック建築である。 多くの観光客が訪れ、また住民の憩いの場でもあるアルマス広場は、よく整備され治安の維持にも気が配られている。 日本ではまだ珍しいセグウェイに乗って警備にあたる婦人警官はナウである。。
2011年9月11日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-13 31 0.12, -71 58 45.50 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 118°
PanoraGeo-No.328
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ペルーレイル | 2 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
プーノ市は、チチカカ湖の北西岸にあり、ペルーにおけるチチカカ湖観光の拠点となる都市。 人口は 15 万程度でプーノ県の県都。写真はこの町の目抜き通りであるエルソル通りで、先住民(インディオ)の人たちの姿を多く見かける。 チチカカ湖沿岸は、もともとはアイマラ族インディオの居住地であったが、インカ帝国の時代にケチュア族が入ってきて、プーノ市付近は両方の種族の居住地の境界部に当たっていたという。 このような関係で、現在でも市内や近郊には多数の先住民が住んでいる。ロングスカート、色鮮やかなマンタ(風呂敷)、山高帽などが彼ら独特の衣装である。
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-15 50 30.23, -70 1 17.73 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 149°
PanoraGeo-No.340
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ペルーレイル | 3 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
ペルー第2の人口をもつ都市アレキパの中心部の 49 ブロックが世界文化遺産になっている。 写真はその一角、サンタカタリナ通りの朝である。通り沿いの遠くに、この町でもっとも重要な建造物の一つであるサンタカタリナ修道院が見える。 一番手前の低い建物は 18 世紀末に建てられたイリベリィ邸とよばれる石造りの邸宅で、現在は国立アレキパサンアグスティン大学の博物館として利用されている。 使われている石は、日本の大谷石に似たシリャルとよばれる凝灰岩である。 市内にあるおもな歴史的建造物は、白または淡いピンク色のシリャルで造られているため、アレキパには「白い都市」という異名がある。 背景の山は、市の北にそびえるチャチャニ火山(標高 6057m)。
2011年9月14日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-16 23 53.42, -71 32 14.22 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 8°
PanoraGeo-No.330
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ペルーレイル | 4 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
アマゾン川源流部の主要支流のひとつであるウルバンバ川は、マチュピチュ付近では深いV字谷の中を流れる急流であるが、この急流部を登り切ったウルバンバの町(標高 2870m)より上流では、比較的広い谷底の緩やかな流れに変わり、名前もビルカノータ川となる。 早朝にクスコを出た観光列車チチカカトレインは、ビルカノータ川に沿って遡り、チチカカ湖畔の都市プーノに向かう。クスコ・プーノ間 384 km を 10 時間半かけて走るのんびりした旅である。
2011年9月12日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-13 43 9.12, -71 35 53.06 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 298°
PanoraGeo-No.331
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ペルーレイル | 5 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
クスコから 100 ㎞ ほど南東、ビルカノータ川沿岸のコンバパタという小都市の郊外の景観で、右端の山の麓をペルーレイルの線路が通っている。 この付近の谷底の標高は 3450m、左端にみえる、頂に鉄塔が立つ山の標高が約 4000mである。 ペルーの地理学者ビダルによるペルーの8つの自然地域(高度帯)では、標高 3500mから 4000~4100mをスーニ(Suni)帯というが、これはほぼそれにあたる景観である。 スーニ帯の植生はおもに背の低い灌木林であるが、この写真の山の斜面のように畑になっているところが多い。 スーニ帯より一つ下の高度帯であるケチュア帯は、常春の気候に恵まれ、小麦やトウモロコシをはじめ、多くの作物ができるのに対し、スーニ帯に入ると、かなり低温になるため、栽培できる作物は馬鈴薯(じゃがいも)やソラマメのような寒さに強いものに限られてくる。
2011年9月12日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-14 4 45.26, -71 26 15.99 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 222°
PanoraGeo-No.339
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ペルーレイル | 6 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
ビルカノータ山地の南部、ララヤ峠に通じる谷間を国道(向こう)とペルーレイル(手前)が通っている。 谷底の標高は 4100m、対岸の山の稜線は 4800mほどである。 この 4100m~4800mは、ちょうどプーナとよばれる高度帯である。プーナは、森林限界より上で、足元の斜面に見られるような背の低いイチューとよばれる草が生えた高地草原地帯である。 対岸の山の黄色い色をした斜面もイチューの草原である。また、この斜面には過去の氷河が残したモレーン(堆石)の地形が多数分布している。 たとえば、画面中央に見られるY字型の地形は側堆石(ラテラルモレーン)で、その上部にある、下にたわんだ横縞は、後退過程の氷河が次々に残していった端堆石(エンドモレーン)である。 この山では、氷期でも長大な氷河は発達せず小規模なカール氷河あるいはカールからわずかに溢れ出た程度の氷河しかなかったようである。 足元の石が異常に赤いのが気になるが、レインボーマウンテン(ビニクンカ山)があるビルカノータ山地では、さほど珍しいことではない。
-14 28 41.86, -71 4 0.48 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 49°
PanoraGeo-No.332
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ペルーレイル | 7 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
クスコ県とプーノ県の県境にあたる標高 4335mのララヤ峠からプーノ県側を望んだ景観である。 国道とペルーレイル(左)が幅広い谷の中を緩やかに下って行く。この峠は、また、アマゾン川とチチカカ湖との流域分水界でもある。 ただ、この分水界は、いわゆる谷中分水界で、はっきりした尾根によって流域が分けられるような形のものではない。 行く手には標高 5382mのクヌラナ山の尖峰がそそり立つ。この山は氷河時代に激しい氷河の侵食を受けた痕跡を示している。 稜線の両側からカール氷河による侵食を受けてできた鋭い鋸の歯のような尾根をアレートというが、この写真で、山頂の尖峰から手前やや右へと伸びる尾根は、過去の氷河が残したアレートである。 足元の「APU.CHIMBOYA」は、写真左欄外にあるこの付近で最も高いチンボヤ山のことで、APU は神の山の意。 旅人がこの前で旅の安全を祈る。ペルーレイル・チチカカトレインは、ララヤ駅で一休みした後、チチカカ湖岸の平野、すなわち、ペルー・アルティプラノの平原を、チチカカ湖に向かって下って行く。
2011年9月12日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-14 29 0.80, -70 59 19.84 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 113°
PanoraGeo-No.333
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ペルーレイル | 8 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
チチカカ湖(水面標高 3812m)の北東岸にあり、ペルー・アルティプラノの中心都市フリアカが立地するコアタ川の平野である。 ペルーレイルの線路の両側に広く畑がひらかれている。 この付近の気候は、ボリビアのアルティプラノに比べて湿潤で、500~600mm の年降水量があるので、灌漑なしで農耕が可能である(直近のフリアカ市の気候:年平均気温 11.5 ℃、年降水量 523 mm)。 写真を撮影した9月半ばは、乾季(5~8月)が終わって雨季が始まる時期なので、種まきのために耕されて黒く見える畑が増えてきた。 真夏でも月平均気温が 13 ℃に届かない冷涼な気候のため、馬鈴薯(ジャガイモ)、キノア、大麦、冬小麦など、寒冷に強い作物が栽培される。 チチカカ湖の湖水の影響で夜間の気温低下が弱く、降霜がほとんどない点は農業に有利である。
*1) 気象庁資料より
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):15 46 35.84, -70 2 5.72 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 347°
PanoraGeo-No.334
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ペルーレイル | 9 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
プーノ市街の北にある丘から東方、チチカカ湖のプーノ湾方面を望んだ景観である。 足元のペルーレイルに沿う畑がある狭い低地の向こうに、広大な湿地がひろがっている。 チチカカ湖に注ぐ川のうち2番目の流量をもつコアタ川のデルタである。 プーノ湾の半分以上を占めるこのデルタには、トトラとよばれる背の高い水草が密生している。 深さ2~3mの水底から伸びる背丈4~5mの葦のような植物であるが、葦が属するイネ科ではなく、カヤツリグサ科の植物である。 先住民ウル族の人々は、この草を重ね合わせて多数の浮島(ウロス島)をつくってその上に住み、家屋や船(いわゆる葦船)もつくっている。 その様子はチチカカ湖最大の観光資源である。 写真左遠方に、優美な織物がユネスコ無形文化遺産に指定されているタキーレ島がややかすんで見え、その手前の中央部から右にかけては、チュクイト半島とそれに抱かれたプーノ湾の水面がわずかに見える。
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-15 46 45.51, -70 1 55.61 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 97°
PanoraGeo-No.335
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ペルーレイル | 10 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
ペルーレイル・チチカカトレインの終点プーノはチチカカ湖観光の基地である。
この写真のプーノ港には観光客を待つ多数のモーターボートが係留されている。向こうに見える桟橋は鉄道専用の桟橋で、かつては、ここから貨車を積んだ鉄道連絡船(トレインフェリー)が、ボリビアのグアキ港に向かって出航していた。
今この桟橋に停泊している船は、その代表ともいえる蒸気船オジャンタ号(SS Ollanta)である。
この船は、チチカカ湖に 1870 年に初めて汽船が導入されてから5番目、1931 年に就航した汽船で、2200 トンと最大規模のものである。
船内には、ペルーの軌間 1435mm の貨車も、ボリビアの軌間 1000mm の貨車も積めるダブルトラックの軌道が設置されていた。
現在の所有者ペルーレイルは、この船を改修して、チチカカ湖を周遊するチャーター船として使用している。
ペルーレイルのクスコ発アレキパ行き観光列車は、ほぼ1日にわたるチチカカ湖観光を楽しんだ乗客を乗せて、夕刻、プーノ駅を出発する。
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-15 50 6.25, -70 0 51.53 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 190°
PanoraGeo-No.329
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ペルーレイル | 11 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
プーノからアレキパに向かう列車は、フリアカ(標高 3830m)でクスコ方面への鉄道と別れたのち、チチカカ湖に注ぐコアタ川(中流部はランパ Lampa 川という)を溯って行く。 比較的広い谷底平野には、フリアカの平野から畑が連綿と続いてきたが、標高 4000mに近いこの付近で突然終わり、谷底も山の斜面も、一面、イチューというイネ科の草(イチューグラス)が生えた高地草原となる。 尾根筋には露岩も多い。ここから上は、アルパカを主とした家畜の放牧と、野生のビクーニャが闊歩する世界、すなわち、ペルーの8つの自然地域(高度帯)の一つ、プーナ帯である。 列車は、まもなく、プーノ・アレキパ両県の境に近いペルーレイル最高点(4470m)に向かって上りはじめる。
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-15 40 4.53, -70 27 20.61 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 28°
PanoraGeo-No.336
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ペルーレイル | 12 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
プーノ県とアレキパ県の境をなす丘陵地を下ったところからサリナス・イ・アグアダ・ブランカ国立保護地が始まる。 標高は 4000mから 4400mで、プーナ草原がひろがる高原であるが、海岸砂漠に近づき、乾燥の程度が増すため、植生はまばらである。 アレキパ市を見下ろすミスチ山やチャチャニ山などの火山や多くの湖沼・塩湖・塩原が散在している。 アレキパ市の水源地としても重要であるが、この保護地の最大の保護対象は写真のような野生のビクーニャである。 保護地を通過する国道には、各所に「ビクーニャ注意」の交通標識が立ち、速度も時速55㎞に制限されている。 ペルーのビクーニャは、標高 5200mまでの高地草原地帯に棲んでいるが、その主な棲息地で保護地に指定されているのは、このサリナス・イ・アグアダ・ブランカ国立保護地のほか、 ワスカラン国立公園、フニン国立保護地、およびアヤクーチョ県のパンパガレラス国立保護地などである。
2011年9月14日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-16 4 19.76, -71 28 17.01 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 1°
PanoraGeo-No.337
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ペルーレイル | 13 / 13 | 前の画像へ | 次の画像へ |
ペルーレイル、アレキパ行き観光列車の最終コースは、標高 4100mの高地から 2300mのアレキパ谷へのダウンヒルである。 標高 2700mあたりまで下りてくると、眼前に広い平野と市街地が展開する。 写真左端には、チャチャニ火山の南西麓にできた寄生火山(パンパデパラシオ)の溶岩流末端の急斜面がある。 その麓から写真右へ緩やかに傾斜する平坦地には、アレキパ市の郊外都市ユラ市の新興市街地が広がっている。 この平坦地の大部分は、チャチャニ火山の前身の新第三紀ないし第四紀初期の火山が噴出した軽石流堆積物からなる台地である。 この軽石流は自身の重さと熱によって固まり、イグニンブライト(溶結凝灰岩)になっている。日本のシラスに近いが、それよりはるかに古く、溶結の程度も高い。 「白い都市」アレキパの多くの建物をつくっているシリャル(Sillar)とよばれる石材は、まさにこの岩石である。 その主要産地は、この写真の台地の一角にあるアニャシュアイコ・シリャル採石場(Canteras de Sillar Añashuayco、Google Map)で、観光地にもなっている。 写真手前左端の真新しいフェンスもシリャル製である。写真右はるか遠方に、アレキパの市街地がかすかに見えてきた。長旅ご苦労様でした。
2011年9月13日撮影 カメラの位置 (緯度,経度):-16 17 42.21, -71 38 5.90 (Google Map) 撮影方向:北から時計回り 131°
PanoraGeo-No.338
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